北海道 チャッピーさんのお話
3人兄弟の末っ子で生まれた息子は、兄達と年齢が離れていることもあり、無条件にかわいい存在でした。表情も豊かでよく笑い、1歳前には一人歩きを始めるなど運動面の発達は割と早かったので、まさか発達障害があるなどとは夢にも思っていませんでした。
でも、成長するにつれ、声をかけても振り向かない、正面から話しかけても目が合わないし反応がないので、まるで私の存在が見えていないかのような様子が気になってきました。人にはあまり興味を示さず、ひたすら物を並べて一人で遊ぶことが多かったので、私がその横で独り言のように息子に話しかけている感じでした。意味のある発語もなく、言葉でのコミュニケーションはとれませんでしたので、指示も通りません。買い物に行けば店内を落ち着きなく好き勝手に歩き、自動ドアやエスカレーターを見つければ走り出す、カートに乗せようとすれば嫌がって暴れるという時期もありました。
家の中では大きな癇癪や他害、手に負えないような問題行動はあまりありませんでしたが、今思えば無意識のうちに息子が嫌がりそうな事はやらせないようにしていたのだと思います。また、その当時はあまり気に留めていなかったのですが、手をひらひらさせる、あごを叩く、ぴょんぴょん跳ねるというような自己刺激も頻繁に見られていました。1歳から通っていた保育園では先生の指示が入らず、他の子がお昼寝をしている時間に奇声を発しながら走り回っていました。2歳を過ぎても言葉は出ず、発表会のお遊戯や劇ではみんなのようにセリフも言えず、ダンスをすることもなくただそこにいるという状況を切ない気持ちで見守っていたのを思い出します。
それまではただ言葉が遅いだけだろう、と思っていましたが徐々に周りの子供たちの成長と比べてさすがに何かあるのかなと思い始め、保健センターに相談に行きました。そこから医療機関につながり知的障害を伴う自閉症との診断を受けました。ただ、その頃にはもうさほどショックな気持ちはなく、「やっぱりそうか、それならすぐに療育を」と前向きな気持ちでした。すぐに何件か児童発達支援の見学に行き、保育園と並行して通所することになりました。療育機関につながれて安心した気持ちはありましたし、1年ほど経過し、徐々にこちらの言葉に反応したり、自分の要求を伝えようとする様子が見られたり、ゆるやかな変化は見えてきました。それでも、一番の気がかりである言葉は出ないままでしたし、療育の内容にも何か物足りなさを感じていました。このままでいいのだろうか、成長を感じ始めた今だからこそもっと家庭の中や普段の関わりの中で息子を伸ばしてあげる方法はないだろうか、と色々調べていくうちにABAのことを知り、最終的にABA-MAXさんにたどり着きました。ABA療育に専念することを決め、保育園や児童発達支援は退所しました。
コンサルを開始すると、コンサルタントの上原さんからはその時の息子に必要と思われる様々な課題を出していただき、習得のための具体的な方法を一つ一つ教えていただきました。
「服を着る」「箸を使う」「鉛筆を持つ」などのスキル一つとっても、とにかくスモールステップで進めていくことに驚きましたが、ABAを用いればこんなことまで自分で教えることができるのか、とわくわくしたのを覚えています。それまで通っていた児童発達支援では、直接何かをできるように教えるとか、困りごとに対して具体的にどうしたらよいかとアドバイスを受けたことはなかったので、上原さんのABAはまさに私が求めていたものでした。
はじめは「おいで」「座って」の指示もまともにわかっていなかった息子が、呼べば私の元に来るようになり、イスに座って課題をこなす姿は保育園で走り回っていた頃の息子からは想像もできませんでした。着替えや手洗いなどの身辺自立スキル、遊びや運動、コミュニケーションスキル、アカデミックなどありとあらゆる課題を多面的に進めていきました。そして、コンサルを開始して1ヶ月ほど経った頃、「もっと」という言葉が出るようになりました。もちろんすべてが順調だったわけではなく、セラピー中に問題行動や癇癪が出ることもあり、それまでわからなかった息子の特性を知ることも多々ありました。ABAを始めるまでは、どこか言葉で言ってもわからないだろうという気持ちがあり、表面上は注意しても口だけで、毅然とした態度で接することはしてきていませんでした。ですから当然息子のそんな態度も目にすることがなかったのです。課題を習得するまで長い時間がかかることもありましたが、その都度、セラピーでの問題点を指導してくださったり、違った角度からのアプローチ方法や問題行動が出たときの対処方法を具体的に教えてくださるので、安心して課題に取り組むことができました。着実にできることが増えていくことに喜びと希望を見出していきました。
その中で、発語も少しずつ増えていき、セラピーや日々の関わりを通して徐々に息子とコミュニケーションを取れるようになっていきました。ずっと一方通行だったコミュニケーションが、「これ食べる?」と聞けば「うん」と答えてくれる、できない事があれば「てつだって」と言いに来る。意思疎通ができている、そう感じられることが増えていったのが何より一番嬉しかったです。
やがて、家庭療育で集団生活に必要と思われるスキルをどんどん習得し、年長から幼稚園へ入園することになりました。息子は大きく成長しましたが、それでも集団の環境で全くの支援なしで過ごすことはまだ難しい面もあったので、初めのうちは本人のできることや手助けが必要な部分を把握している私が付き添い(シャドー)をしました。園や先生達の理解や協力を得ながら徐々に環境に慣れていき、少しずつシャドーをフェイドアウトしていきました。
保育園の時は自分の好きなように過ごし、全く集団生活が送れていなかった息子が、お泊まり会に一人で参加したり、運動会にはみんなと同じように組体操やリレー、よさこいの踊りにも参加できました。また、ABAの課題として鉛筆の持ち方や線模倣、簡単なお絵描きとスモールステップで取り組んでいくうちに絵を描く事が大好きになり、賞をいただいたこともありました。現在でも息子にとってお絵描きをして余暇を過ごすことは、大切な時間となっています。
幼稚園生活最後の行事となった卒園式では、みんなと歌に合わせて手話をしたり、ステージ上で一人で将来の「ゆめ」を大きな声で発表することができたのです。その姿を見た時は感動で胸がいっぱいになりましたし、1年間息子を見守って下さった幼稚園の先生方も一緒に成長を喜んでくれました。上原さんのご指導のもと、コツコツとABAを続けてきて本当に良かったと思いました。
小学校生活はシャドー付きでのスタートでしたが、今ではお友達や先生にも恵まれ元気に一人で登下校できるまでに成長しました。習い事の公文も週2回、学校帰りに一人で通い、その他にも英会話やカンフーも頑張っています。もちろんこれらすべてでABAの強化とスモールステップは欠かせません。休みの日には公園でサッカーやブレイブボードを楽しんだり、映画を見に行ったり外食をしたりと、端から見ればごく平凡な日常の風景ですが、振り返れば運動スキルも、公共の場で静かにすることもABAで教えてきたことです。もしもABAをやっていなかったら現在の状況はなかったかもしれません。
上原さんに出会い本物のABAを指導していただけたことで、間違いなく息子の可能性は大きく広がり、私達家族の人生はより良いものになりました。私自身、療育に専念するために一度は仕事を辞めましたが、最近は息子から少し手が離れたのでまた仕事を始めました。あの時療育にABAを選んで本当に良かったです。いつも息子の成長をともに喜び、ここまで導いてくださった上原さんには感謝の気持ちでいっぱいです。まだまだコミュニケーション面では拙い部分も多く、苦手なことや克服すべき点は多々ありますし、問題行動もすべてなくなったわけではありません。でも、これまでABAを通して根気強く息子と向き合ってきた経験と学んだ事を胸に、この先も一つ一つ乗り越えていきたいと思います。
本当にありがとうございました。