広島県 そう吉さん

1歳をすぎた頃から次男の発達に疑問をもつことが多くなりました。一歳までは、よく笑う子でしたが徐々に表情が乏しくなり、長男が成長過程で自然に身につけていった様々なスキルを一向に身につけない、言葉を話さない、目が合わないなど長男の小さな頃とは明らかに違う言葉にできない違和感がありました。そして物を並べるなどASDが疑われる行動が徐々に増え始めました。もしASDであった場合、早期療育が大切ということは知っていたので、とにかく早くできることをしなければという思いで1歳半頃、発達外来を予約しました。しかしそこで初診まで約一年かかるという現実を知って不安になり、自ら市役所に掛け合い民間の療育機関に通わせてもらうことになりました。

その後2歳半でASDの診断がつきました。当時、複数の療育機関に週5日通い、ほぼ毎日療育を受けていましたが、息子の問題行動は悪化するばかりでした。例えば、私が三男をチャイルドシートに乗せている間に行方不明になり警察沙汰になったこともあります。側溝の中で石を転がして眺めている所を発見され、私と再会しても無反応でした。また、外に出ると遊ぶのではなく、私の目を盗んでは小石を口の中に入れ飴のように1日中舐めていました。家の中では小石の代わりにキーホルダーのボールチェーンを舐めていました。ルーティンの散歩は真夏でも容赦なく数時間歩き続け、帰宅後に40℃の発熱で熱中症になっていることもありました。夏に花火をすると火花の中に手を入れ無言で観察していたり、犬のしっぽをしつこく引っ張ったりお腹を蹴って犬が怒るのを面白がったりと、息子の行動には常に危険が伴っており、毎日命を守ることに必死で私たち夫婦の気が休まる時はありませんでした。毎日、朝になると早く夜になってほしい、夜になると朝なんてこないでほしいと本気で思い、息子と同い年の子たちと比較しては自分たちの境遇を嘆いていました。

その頃、ABA療育を知り、セラピストに自宅訪問をしてもらうようになりました。最初は物珍しさからかやる気満々でセラピーを受けていました。

簡単な動作模倣や受容課題がすぐにできるようになったことに初めて成長を感じとても嬉しかったのを覚えています。しかし、次第にセラピストの言うことを聞かなくなり、最終的には椅子に座ることさえも拒否し、誰も息子に何かを教えることはできませんでした。身辺自立はもちろん、絵を描くことも運動することも字を書くこともできませんでした。そのような状態で具体的にどうしたら良いのか分からないまま2年が経過し、息子は4歳になろうとしていました。時は無情で、この頃の息子は1日の大半を癇癪に費やし、日常生活に支障をきたしていました。気に入らないことがあると物を投げ、近くを通りかかっただけの兄弟を叩くなど他害もあったので、なるべく家族全員が穏やかに生活できるように、先回りして環境を整え常に神経を張り巡らせていました。息子に振り回される日常が健全な生活でないことは分かっていてもどうすることもできず、いつまで続くのかわからない先の見えないこの状況に疲れ果て、親なのに何もできない無力感でいっぱいでした。

ちょうどその頃友人を介して上原さんのことを知りました。友人が上原さんのコンサルを受けていて興味を持ったので、友人を通しまず座談会に私も出られるか問い合わせてもらいました。その座談会でABA-MAXのコンサルを受けた方の体験談をお聞きし、暗闇のなか一筋の光が差したような気持ちになり、結果を出している方に自分たちも続きたいという思いで一杯になりました。それまでの経験から、息子の療育を他人に任せるのではなく、私達にももっとできることがあるのではないかとの思いで、ABA-MAXでコンサルを受けさせてもらいたい旨を上原さんに伝えました。息子の年齢的にこれがラストチャンスかもしれないという崖っぷちに立たされているような気持ちでした。

それからしばらくして、コンサルを受けさせて頂くことができるようになりました。息子は3歳11ヶ月になっていました。

教えたいことはたくさんあるけれど、こだわりや癇癪ばかりで言うことを聞いてくれない息子に何をどう教えたらいいのか分からないというところからのスタートでした。ABAをしてきたつもりだったのに、未だに椅子に座ることさえできないという現実に対して上原さんに言われた、「それは離席を許しているから」との言葉はまさに青天の霹靂でした。同時にやっとスタートラインに立てたような気持ちになりました。コンサルで日常生活におけるABA的関わりや問題行動への対処、コンプライアンスの構築など上原さんの教えてくださる息子との関わり方のコツを具体的に学べることは、親なのに何もできないと無力感にさいなまれていた私達にとっては大きな喜びでした。コンサルで教わったことをノートにまとめ、それを何度も読み返す度に親だからこそできることはいくらでもあると気づかされ、息子にしてあげられることがこんなにあるのだと分かり嬉しかったです。日に日に増えていくページは私たちにとって、一歩一歩確実に前へ進むための魔法のアイテムのようでした。

左から、年中「お絵かきを教える前に自分で描いた犬」・年長「発表会の絵」・小1「夏休み絵画コンクール佳作入賞」

コンサルを開始してまもなく感じたのは、母である私の声が息子にとって雑音ではなくなってきていたことでした。ほどなくして、席につくことができるようになると、年齢相応のスキルである塗り絵やハサミ、お絵描き、文字などと平行して身辺自立や遊びのスキルなども教わりました。その過程で癇癪をおこしたり、やりたくないと拒否したり自己流でやりたがるなど次々と生じる問題を上原さんに相談し、一つ一つ乗り越えていきました。息子は日に日にできることが増え、たくさん褒められ、自信をつけていきました。その頃の保育園の発表会の合唱では、無発語の状態にも関わらずクラスのみんなと同じ舞台に立ち口の動きを真似て動かし、まるで一緒に歌を歌っているかのようでした。心の成長を感じさせる嬉しい出来事の一つでした。息子はいつのまにか学ぶことが大好きになり、毎日たくさんのことを吸収し、伝えたい思いを自分の中に育んでいるようでした。それからしばらくして、保育園の先生やお友達にお手紙を書くようになりました。そして書いたことが伝わった!という喜びを何度も感じ、それがきっかけとなり、もっと気持ちを伝えたいという意欲につながっているようでした。そしてコンサルを開始して3ヶ月が経った頃、園でお友達に「かして」と言葉を発したと担任の先生からとてもお喜びの声でご連絡がありました。

また、以前は悲しいことや理不尽なことがあると、その場からいなくなったり癇癪で気持ちを表現していましたが、自分の行動をコントロールできることが少しずつ増えていき、お友達に嫌なことをされても感情を抑えて我慢したり、順番を譲ったりすることができるようになっていきました。

こだわりに関しては生活に支障を生じさせるこだわりではなく、妥協せず物事の質を高めたり、決めたことを守るというこだわりへと変化していきました。時に行き過ぎたこだわりがでたときは、その都度教え、生きやすさを手に入れていきました。

小1ひとりで作った豚しゃぶサラダ

一方、この頃、息子の主治医の先生に、ABAの成長をお伝えしたところ、「ABAなんかやっているのか」と言われ、小学3年生くらいになったら椅子に座れるようになるから今は教えず自由にさせておくべきであることや、何かを教えてしまうとずっと同じことをし出すのがASDだから教えなくていい、教えると社会性がなくなり、こだわりが強くなる、ASDの子は人の気持ちはわからない、など私たち家族が目にしていた息子の成長とはまるで逆のことや将来を不安にさせるようなことを言われました。応援をしてくださるどころか、このような言葉をいただいたのは、大変残念でしたが、私たち家族はその言葉に影響されることなく息子のABA療育に突き進んでいきました。

相手に自分の思いを伝えたい気持ちも育ち、言葉も理解している様子なのに4歳を過ぎても発語はおろか発声すらなく、ジェスチャーや手話でコミュニケーションをとってくることがずっと不思議だったので、言葉を話せるようになってから、息子にそのことを聞いてみたことがあります。すると「話し方が分らなかった。」と教えてくれ、ABAを通してその方法を教わるまで話し方がわからず声が出せなかったことが分かりました。たくさんお友達も作りたくて、たくさんお話もしたいのにその方法がわからず一人で悩み苦しんでいたことを知り、もっと早く気づいてやりたかったと後悔すると同時に、上原さんの教えてくださるABAに出会えたおかげで、また一つ生きやすさを手に入れてくれたことが嬉しくて胸が熱くなりました。

言葉を初めて話せた時の嬉しそうな顔は今でも鮮明に覚えています。出来ることが増えてからもアカデミックスキルやコミュニケーションスキル、遊びなど様々なことをより深く教えていくと、感情や対人関係がさらに安定し行動はより穏やかになっていったように思います。このように、徐々に学んだスキルを日常生活で使えるようになっていくと、親子共に時間的にも気持ち的にも余裕が生まれ、癇癪で一日を終えていた頃とは比べものにならないほど有意義な一日を過ごせるようになりました。兄弟三人で一緒に遊ぶことができるようになったり買い物や旅行などにも行けるようになり活動の幅が地域へと広がっていきました。習い事を始めたのもこの頃です。目を輝かせ物事に取り組む姿は、何を提案しても興味を示さなかった頃の息子とは別人で、その成長の早さに驚くことも多々ありました。例を挙げるとこちらの投稿文でご紹介させていただく息子の絵の上達を見ていただけるとわかると思いますが、犬、猫、人、スイカ、さくらんぼ、ドーナツなど一つずつ描けるものを増やしていきました。新しい絵を教えるとそれがまた新しい絵の獲得のために繋がっていくという感覚がありました。ABAをやっていて、継続の力ってすごいなと思いました。

小1サッカー教室

素直にこちらの提案を受け入れてくれるようになると、嬉しい反面、ABAをやっていたら何にでも従うようになってしまうのではないかという不安もありました。しかし、コンサルで自分の気持ちを言葉で表現することを教わってからは、自分の気持ちや意見などを適切な言葉で相手に伝え、悲しいことや理不尽なことがあっても以前のように癇癪で表現せず後で教えてくれるようになりました。上原さんのコンサルでは素人の私達にも分かるようにABAの知識や日常生活におけるABA的関わり、様々なスキルを具体的にわかりやすく教えてくださいます。コンサルを卒業した今振り返ると、上原さんは物事に取り組む過程を大切にし、今の息子の状態に必要なことをその都度見極めてくださるので一連の小さな目標を時に軌道修正しながら一つ一つ達成していくことができました。後にそれらがつながり、生活の質を豊かにしてくれました。

年長の頃には、毎日園での自由時間にできないことを黙々と練習している姿が多くみられるようになったと先生から教えて頂きました。クラスのみんなからは、がんばり屋さんでなんでも知っている○○君と言われるようになっていました。そして迎えた卒園式では自分の名前と将来の夢を発表し堂々と卒園証書を受けとり無事に卒園することができました。そして、現在小学校生活では、毎日のルーティンである宿題や時間割は1人でこなしています。勉強、お当番、運動会や発表会といった行事などからもたくさんのことを経験させてもらっています。困ったことがあるとその都度要領よくこなしていけるように親子でその方法を考えて実践しています。

また、足を怪我をしたお友達の移動を手伝ってあげていると担任の先生からご報告頂いたりと心身ともに大きく成長しています。

上原さんには、どんな質問にも答えていただけたので、当たり前の育児が通用しなかった子育てでも不安になることなく全力で息子と向き合うことができました。コンサルを通して、親である私達は息子の純粋な優しさや温かさに何度も救われ、態度や考え方は想像以上に変わることを身をもって学びました。ASDという枠の中でしか息子のことを見てもらえなかったら、今の息子の姿はなかったと思います。

コンサルを卒業する前に、息子は上原さんに手紙を書きました。

自分の思いや、今興味のあること、上原さんに聞きたいことなど上原さんに教わったスキルを使いこなしてきちんと表現できるようになった姿をみて、たくましさを感じ、そんな息子のことを改めて誇りに思いました。今の息子はサッカーに打ち込み、試合での反省点やコーチから教わったもっとうまくなるためのスキルをノートに書き込んで次につなげています。失敗を恐れずたくさんのことに挑戦し、挫折も多々経験しています。しかし今の息子にはABAで培った土台と、寄り添ってくれる仲間やコーチの存在があり、かつてコンサルでスキルを獲得するために学んできた道のりと同じように、一つずつ問題を乗り越え成長しています。コツコツと続けている公文では、大きな目標をもち夢を叶えることができました。そして、また新たな目標をもっています。今までもこれからも、たくさんの人に支えられていることを忘れず、感謝の気持ちを持ち自分の人生を切り開いていってほしいと思っています。

最後になりましたが、上原さん、コンサル卒業まで私達の心の支えとなり、共に歩んでくださり本当にありがとうございました。

息子が問題を起こすたびに、解決策が分からず、あれもできない、これもできないというネガティブな思考に以前は陥っていたのですが、上原さんのご指導を通じ、問題が起きたときこそ学び成長できるチャンスだと思えるようになりました。コンサルを積み重ねた日々は今、何かトラブルが生じても親子共々動じず前に進む勇気を与えてくれ、私たち家族の大きな財産となっています。上原さんに出会うことができ大きく人生が変わりました。そのご縁に心から感謝しています。本当にありがとうございました。

かつての私達のように困っている方が一人でも多く上原さんの教えて下さるABAに辿り着かれることを切に願っています。