北海道 きみまろさん
息子が生まれた時に遡るのですが、生まれた時の状態がよくなかった為フォローアップ健診を受けていました。当時の担当医から、大丈夫だとは思うけど生まれた時の状況から稀に発達に影響が出る可能性があるかもしれないので、発達に気になることがあればすぐに相談する様にと言われておりました。その後、一歳くらいまでは特に成長に不安を感じることはなかったのですが、一歳半をすぎると発語がない、目が合わない、呼んでも振り向かない、歩かない、怒ると床に頭を打ち付けるなどの気になる点が次々に増えていきました。生まれた時に医師から言われてたこともあり、一歳半検診のタイミングで市の相談員さんに息子を療育につなげてほしいとお願いをしまして、療育を開始しました。親子で週に一回通うプレ幼稚園のような療育施設で、朝の会→設定あそび→お弁当→帰りの会という流れです。
療育にいけばなにか変化があるはずとおもって期待していたのですが、朝の会はまず座ってられない、遊びの意味もわかってないという状態で次第にこのまま通っていてプラスになるのかなと思い始めるようになりました。療育の先生にもっと療育を増やしたい旨を伝えたのですが、まだ一歳だし小さいから無理せず様子を見ていても良いのではと言われてしまいモヤモヤする日々を過ごしました。この時に療育施設の掲示板の張り紙に目が留まり、ABAという療育方法の存在を知りました。私は療育=施設に預けてお願いするというものだと思っていたので、自分で療育する方法もあるのだということをそこで初めて知りました。家庭療育であれば家で私が教えてあげることが出来るので時間を有効に使えると思い、息子が2歳半くらいのときに本などを参考にして見よう見まねでABAを始めました。
ですが、本だけを頼りに自力でABAをやるということはすごく難しいということをすぐに実感しました。調べていく中でABAをやってくれる療育機関があるということを知り、すぐに問い合わせて息子が2歳半くらいの時に通所を開始いたしました。最初は指示に従えなかったので癇癪だらけでずっと泣いてましたが、指導を教えてもらったおかげでその後徐々に癇癪と自傷行為は減ってき、少しずつではありますが色々なことを覚えて成長を感じることができ、ABAなら成長させることができるかもしれないと思っていました。
しかしABAを始めて半年過ぎくらいの頃、ある日を境にまた癇癪がぶり返してしまいました。数ヶ月ぶりに頭を床に打ち付けて、そこから一気に自傷行為が復活してしまったのです。そのぶり返しは本当に手がつけられないほどて、1日の大半は泣いているし、なくなったと思っていた息子の自傷行為はABAを始める前よりも悪化する事態となってしまいました。
息子の成長のためにと思い始めたABAなのにこんな結果になってしまい、しかも通って指導もしてもらっていたにも関わらずこの有様です。自分にはもう無理かもしれないと思いました。息子が手に追えなくなってきて困り果てていた頃、ABA-MAXの上原さんに相談する機会があり、そこからコンサルをお願いする形になりました。
上原さんにお世話になり始めた頃の息子は、言葉に関しては片手に数えるくらいのわずかな単語のみでした。猫とか犬とか二文字の言葉を言うのも精一杯の力を振り絞って言うという感じです。問題行動は癇癪をおこすと頭をどこでも打ち付ける、自らの眼球を刺そうとする、指示したら泣くなど、他にも色々ありましたが、1日の大半が癇癪でした。その時の息子は、物事を教える状態ではなかったと思います。本当に何もできませんでした。
上原さんのコンサルは問題行動を抱えたまま課題を進めることよりも問題行動の対応を最優先でしたので、コンサルを初めたばかりの頃は連日その対応に追われていたのを今でも覚えています。長時間続く癇癪にしんどいなと思う時もありましたが、その時は何故問題行動の対処が大切なのかということを思い出し、困った行動が出た時は上原さんに相談しながら日々取り組んでいました。上原さんのすごいところは、どんな問題行動にも様子を見ましょうということはなく対処法を教えてくださるところです。
上原さんにお世話になってきた中で、質問したことに対して考える時間をくださいと言われたことは一度もありませんでした。こんなにアドバイスの引き出しが多い方は上原さん以外にいないのではないかと思います。対応を適切にしていくことで、少しずつ息子の癇癪はまた減っていき、身辺自立や単語の獲得、余暇スキルなどいろいろな面で成長が見られるようになってきました。何もできないところからのスタートでしたので全ての成長がうれしかったです。息子は課題によっては覚えることに、数年かかった課題もあります。毎日教えても、やり方を工夫してもなかなか成果が出てこないことが何度もありましたが、どんな小さな進歩でも上原さんはいつも喜んでくださり私と息子を支え続けてくれました。
まだコンサルを初めて日が浅い時のことですが、当時、所用で遠方に行くことがあり、そこに行くまでにはバスや飛行機など色々な交通機関を使うことになり、とても悩んでいました。癇癪が少しずつ落ち着いてきたとはいえ、不安もありましたので、上原さんに相談した際に、「まだ期日までに日数もあるし、練習をしてチャレンジしてみてはいかがでしょうか?」とアドバイスをいただき、びっくりしました。私は完璧にできなければ外に出てはいけないと思い込んでいたので、上原さんからも反対されると思っていたのです。上原さんは、家族にとってその用事が大事なことであればそれを叶えるためにABAがありますと仰ってくれて、私はABAの本質を間違って捉えていたと痛感しました。それまでの私はバランスよくやってるつもりではいましが、室内の机上のセラピーばかりで外に出て行くということをせず、普通の子のように近づけなくてはと肩の力が入りすぎていた気がします。そこから私の中の意識が変わっていき、息子の様子をみながら外の世界で体験することを少しずつ増やしていきました。もちろん、うまくいくこともあれば練習を重ねても本番で失敗してしまったこともあります。その際も『なにもしないで失敗することと、きちんと練習して取り組んだ上で失敗するとでは意味合いが違う』という上原さんのアドバイスの言葉で、次はこう取り組んでみようなど前向きに考えることができるようになってきました。
そして年長に上がるタイミングでお世話になっていたABAの方は辞めて、上原さんのコンサルのみにしました。幼稚園は癇癪も多く、安定したABAにたどり着くのに時間がかかったということもあり、幼稚園に通うことよりも日々のセラピーが息子に必要だったと思ったので、在籍はしていましたが私が病院の時やきょうだいの用事などでどうしてもどこかに預けなければいけない時だけ通うスタイルでした。幼稚園の先生や周りの友人からみれば療育に熱を入れすぎと思われていたようです。ですが、私は一度悪化させてしまった経験があったので、周りから何を言われてもそこは割り切って、日々のABAに集中していました。
年長に上がる頃にはトイレや箸、洋服の着脱などの生活スキルは年頃の子供と同じくらいまで整えることができており、年長の途中からコンサルで少しでも通ってみたらよいのではないかというアドバイスがあり、週に数回通い始めることにしました。始めは集団に馴染むのに時間がかかりましたが、幼稚園の先生たちにも息子への対応についてご相談をした結果、少しずつ幼稚園での生活を覚えていき、卒園までの短い期間ではありますが、幼稚園生活を楽しむことが出来たと思います。
ABAを始めてから、コミュニケーションは単語はかなり増えたものの、依然として会話のやり取りは難しさがありました。そのような状態でしたので、小学校の就学もかなり悩みました。支援級だとハードルが高そうだけど、支援学校だと生活スキルがある分まだ成長できるチャンスがあるのではないかと、考えがなかなかまとまりませんでした。散々悩んだ結果、きょうだいと同じ小学校の支援級に決めました。上原さんにも何度も相談し、コミュニケーション面の不安はありましたが生活スキルが整っていたので、まずは支援級でどこまで成長できるかチャレンジしてみて、もし何かあったときはその都度考えていこうと思ったからです。
現在は高学年になり、毎日元気に学校に通っています。息子以外の子は困りなく話せる子しかいないので厳しい環境ではありますが、学年が進むにつれて本人なりに集団生活の中で学んでいることが増えてきている気がします。先日は運動会がありました。毎年成長はみられていますが、今年はどの競技も加配の先生がサポートすることもほぼなく、本当にとても良くがんばっていてました。中でも感動したことが全児童で踊るよさこいです。本番中、息子のつけていたバンダナが取れて風に飛んでいってしまうハプニングがありました。近くに先生もいなかったので、どうするのかなと思っていたら自分で取りに行き、頭にバンダナを付け直してまた自分の場所に戻り踊り始めたのです。当たり前のことかもしれませんが、その当たり前が出来るまでに何年も、何時間も積み上げてきて今の息子がいるので、あの癇癪だらけの息子が集団の中で今やるべきことに自分の力で取り組んでいる姿を見ることが出来、とても感慨深いものがありました。
会話についても、年々バリエーションは増えてはいます。クリスマスにはチキンと生クリームのケーキ、炭酸の飲み物、サンタさんのプレゼントはレゴブロックとリクエストを伝えてきたり、休暇の行きたい場所ややりたいことなども教えてくれるようになりました。ちなみに今年の夏休みは山梨県の遊園地に行きたいとリクエストをくれました。まだまだ流暢な会話とは言えませんが、こちらの言ってることはほぼ理解していますので指示などは通りやすく、日常生活はスムーズです。
また習い事もチャレンジできるようになりました。運動や公文に通えるようになり、早いものでどちらも約5年ほど継続しています。今年は習い事先まで自転車で行くチャレンジ中です。自転車も思い出深い課題の一つで、コンサルを始めた時の息子はペダルを一回転漕ぐのもやっとな状態でしたので、自力で乗れる日がくるのかなという感じでした。一気に加速したのは年長に上がった時の春の頃で、ちょうどコロナ禍で自宅時間がたっぷりあったので、乗れる日まで毎日練習しようと決意をし、人が少ない時間帯にこつこつ取り組んで2週間くらいで乗れるようになりました。ペダルを漕ぐことも難しかった子が、スイスイと自転車を漕ぐ姿にとても感動し、今難しいと思うことも自転車のようにきちんと積み重ねていけば踏み出せることは沢山増えるかもしれないと勇気づけられた課題です。自転車以外にも、キックボードやローラーブレードが上手になり、そこからスキーもできるようになりました。
スキーは年中の冬ごろから始めました。始めたきっかけは、住んでる土地柄上、小学校でスキー授業があるので息子のためというよりかは、上のきょうだいの子にも教えなければいけなかったので、それならば息子にも一緒に教えれば楽しい時間を過ごせるかもしれないと思ったからです。スキーは身支度だけでもスキーウェアを着る、帽子や手袋、ゴーグルをつける、板を装着するなど、小さい子が一人でこなすには結構大変です。また他のスポーツと違い、冬期間だけしか練習が集中してできないので、冬場は積極的にがんばりました。この頃には大きな癇癪はほぼなくなっていましたので、私が思ってた以上に黙々と練習に取り組めていたと思います。練習をすればするだけ上手くなっていくのを実感し、小学校に上がってからはスキー教室の個人レッスンを受けることもできました。個人レッスンも当時の息子から考えるとハードルの高いチャレンジにはなりましたが、初めて会うコーチとマンツーマンで見出すことなく取り組めることができていました。今年は私1人で子供たちを連れてスキー場でスキーを楽しむことができるまで成長しました。息子の楽しめるスポーツの一つになったのではないかと思います。今年は通っている支援級の方でもゲレンデに行くことがありましたが、リフトも問題なく乗ることができ、一番安定して滑ることができていたと先生が言ってくれたので、とても嬉しく思いました。
早期ABA療育のおかげで、暇な時間は自己刺激にふけっていた息子に遊びのスキルが数多く増え、あれほど悩んでいた自傷行為、頻発していたかんしゃくがなくなったため、休日は動物園や映画館、スポーツ観戦、旅行などいろいろなことを楽しめるようになりました。これらのことに関してもいきなり一気にチャレンジしたわけではなく、たとえば映画であれば、まず自宅でビデオを観る→地域の無料の映画イベントで様子を観る→映画館で本番と少しずつレベルアップさせていきました。昨年はミュージカル鑑賞にも挑戦することもできました。交通機関も、電車やバスなら一駅ずつチャレンジして様子を見て距離を伸ばしていくなど、今思えば全ての物事を地道に進めていったと思います。
今回、「家族の声」を書くにあたって写真を振り返りましたが、ABAをはじめたばかりのころと現在の息子の表情があまりにも違いすぎてびっくりしました。無表情だった息子が、いろんなことが体験できるようになり、どんどん笑顔が増えていき、ABAは人の心も変えられるんだとあらためて思いました。写真の人間クレーンゲームですが、できたところで将来役に立つのかと問われれば役に立たないと思います。ただ、息子も家族にとっても本当に楽しい思い出になっていて写真を見返すたびに子供たちと『楽しかったね、またやってみたいね』と話しています。
もし息子が癇癪が多いままだったら、このような体験はできませんし、出かけることもできません。きょうだいにも我慢をさせる生活になっていたと思います。
私がABAを始めた当初に思い描いていたのは『障がいがあっても普通の生活をしたい』ということでした。その夢は叶えることが出来たと思っています。息子は発達指数の数値だけでみれば、福祉のサポートは一生必要だと思います。将来に不安を感じることもありますが、まだまだ成長出来ると思っています。息子が今後関わる方々と良い関係を築くことができ、充実した日々を送ることができるように今後もABAを続けていこうと思っています。自閉症という障がいがあっても、こんなにも楽しく充実した生活を送れるとは思いませんでした。
上原さんに出会えたことは一生分の幸運だと思っています。感謝しかありません。
本当にありがとうございました!!